しんの気まぐれ日記 (HELMⅢ)


ヨットの話題ばかりじゃない しんの気まぐれ日記
by helm3
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しんさんの気まぐれ日記
話題は 独り言 家族 ヨット 吹奏楽かな?
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ディンギー

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何年ぶりだろう ディンギーに乗ったのは。
最後に乗ったのは、沖縄でレンタルディンギー
いや 姫路でひとみちゃんとレンタルディンギーに乗った。 
10年以上乗ったことがない。
遠い昔のことのように想う
久しぶりに けいこちゃんに誘われて ディンギーウイーク
ジャイブ やりました
目から火が・・・
そう ブームで頭を打った。
まだ たんこぶがあり いたい (O_o)WAO!!!

HELMⅢのメンバーと 簡単なレースをした。
負けられない。
最初はけいこちゃんにブッチされた (^^ゞ
おまけに マークタッチ

次は トップでゴール
艇長としての面目を保つことが出来た

ヨットは 自転車と同じで すぐ感を取り戻すことが出来たが
トランペットは そうはいかない
音が出るようになるまでは かなりの練習を積まなければ。
ヨットも速く走るためには 同じかな 
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by helm3 | 2005-08-30 23:52 | ヨット

関西大会の客席で涙が・・・・

8月21日 朝7時39分 滝の茶屋発の電車に乗り出発。
我が吹奏楽部の応援に出かける。
JR塩屋で乗り換え なんと 大津まで電車代 片道2000円もする。
ま けち話はおいといて

電車の中では、兵庫県大会の録音を繰り返し聴いていた。
9時すぎ 大津駅へ到着
ここから 徒歩 5分ほどで 大津市民会館へ到着。
たくさんの学生さんがいた 楽器を積んだトラックも何台か
うちの吹奏楽部は どこか探す。
ま 神戸ナンバーのトラックをさがす。
現役君の4回生と3回生の顔はわかるんですが・・・
 (現役のみなさんごめんなさい)

おっ!いた 知った顔が(^。^)
近くに ティシュたちOBも4人ほどいた。
間違いない 近づいて行き 
「おはよう」「がんばって」と挨拶をした。
もっと こましな挨拶言葉は 思いつかなかった(^^ゞ

出番が10時30分ということで 楽器運びに大忙しであった。
結局 大太鼓等は OBが運ばなければ、人でがたりない。

おじさんの私まで、学生に混じって楽器運び。
少し恥ずかしかった(^^ゞ
周りからは引率の先生って感じだったのかな?

年は もちろん 現役君の父親である。(^。^)

そのまま リハサール室へ そして舞台裏へ打楽器の運搬。
途中アクシデントがあった ドラムのバチが紛失したのだ。
でも 大丈夫 見つかりました。OB連はあわてましたよ。
なんせ 我々が運んでいたのだから。

いやー もう 汗だく

松井先生にも 手伝ってくださいと言われ 勇気いっぱい手伝わさせていただきました。
いやー コンクールの舞台裏の緊張感 伝わってきます。

現役の本番 舞台へ送り出してから 若手OBさんと客席へ。
先に行ったOBさんが 場所取りした場所から 私を呼んでくれました。
嬉しかったなー。やはり 年は違うけど同じ仲間なんやなーと実感。(^_-)

さあ 幕が開きました。
緊張感・・・
頑張れよ・・
間違うな・・・

演奏が始まる いやー 上手い!
聴いているうち だんだん 涙がこみ上げて来るではないか・・・
泣くな・・・ 隣の若手OBに気づかれないよう・・・ 泣くな・・・
でも 涙が止まらない・・ おまけに 鼻水まで出てくる・・
35年の歳月・・・・
なんか 学生時代の想いがどんどん思い出され走馬燈のように目の前を流れていく。
どんどん曲は進んでいくが 曲の中へ 私の思いが吸い込まれて行く。
なんか 懐かしい仲間がステージにいる錯覚になってくる。
タオルで涙を拭く

俺のやりたかった夢を実現してくれた 後輩たちにありがとう。
35年の歳月が過ぎ 私の子供の年代がそれを実現してくれた。
ほんとに ありがとう・・・・
そして いままで 私の創部した吹奏楽部を引き継いで来ていただいたOB諸氏にもありあがとう・・・・・
 言葉に代える言葉がありません  なんか夢のようです。

がんばれ 神戸学院大学吹奏楽部 関西でNO.1の すてきな吹奏楽部になって下さい。

神院大吹奏楽部サウンドファン &  OB会長
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by helm3 | 2005-08-22 23:00 | 音楽

我が吹奏楽部 関西大会へ

 昭和46年 私が大学1年のとき立ち上げた吹奏楽部(当時は愛好会から始まる)。
いつかは コンクールに出たい 名前も世間に知られたい
と思いっつ 35年の歳月がすぎる
当時18歳だった私は今年で53歳になる。
立ち上げた当時 関学のOBさんに大学の吹奏楽部の運営方法を教えてもらった記憶がある。
私にとっては 雲の上の話である。
当時でも関学には、たくさんの楽器がそろい、すでに関西ではトップクラスのクラブである。
こちらは 私の個人持ちのトランペットぐらいしか楽器がない。もちろん部室も。
しばらくの間、私の部屋か、部員の下宿が、借りてきた楽器の保管場所である。
参考になったのは、学部のちがう部員の練習の時間をどうするかである。
でも 練習する場所さえなかったのだ。学内の隅(主に外)で練習をした。

大学にたまたま私の知り合いの奥さんが事務員でいらしゃったので、その方の好意で、
楽器置き場が確保出来た。今の3号館のエレベータの機械室。
当時この3号館は長い間工事途中でエレベータの機械室には機械が設置されていなかった。
6階建ての屋上にある時計のある所です。
毎日 7階まで階段を歩いて楽器置き場(一応部室と呼んでいた)まで通っていた。
部屋は コンクリートが向きだしで鉄の扉。部屋壁には、その部屋の屋上へ上がれる
鉄のはしごがあった。鉄板のふたを開けると、ちょうど時計のある狭い空間に出る。
ここから見る 明石海峡に沈む夕日がきれいだったのを今でも覚えている。
3号館の屋上の鍵も確保出来、工事途中の6階の部屋も放課後練習に利用させてもらった。

3回生の春、吹奏楽部(愛好会)は私一人になってしまっていた。
なんせ 借りた楽器は返却し 楽器が無くなっていたのです。
名前だけの吹奏楽部
そこへ 1名の新入生から 自宅へ電話が入る。
「学生課から連絡先聞きました。吹奏楽部 部室どこにあるんですか?」
「現在 私しかいないけど」
「クラリネットやってます 是非入部させてください」
「一人しかいないけど良いの?」
「是非 入部させてください。吹奏楽やりたいんです」
めちゃ 嬉しかったですね。再スタートです。

4回生の年にやっと部室を確保することが出来た。
現在もある武闘館の1階 それも 一番奥 
うるさいので 3号館から追いやられただけかも知れない。
これで いつでも音が出せる環境が整い、クラブらしい活動が始まった。

部員も少しずつ増えて、卒業のころには20名ほどのバンドになっていた。
この時代に学校からもらった部費は年間3000円である。
必要なチューバーはみんなでアルバイトをして買った。
もちろん 大学祭は 金儲けのチャンスである。出店でリンゴ飴や水飴を売ってました。
初めて買ったのはユーホだっかな。

私が卒業した年 神戸文化ホールでの全国大会で、部員全員アルバイトもさせてもらった。
楽器を買うために お願いしたのだ。
その時 いつかは コンクールにでるぞって 思いながら 舞台のいすを並べていたことを思い出す。

 愛好会 → 同好会へ昇格 → 部へ昇格 → 応援団解散時に独立団体へ昇格 

そして 長い年月がすぎた
 4年前 現役から
 「我が部はコンクールに出ないのが伝統ですか?」という質問をされた。
苦笑いである。「出たくても出られなかったんだよ」
「出ても良いですか」
「もちろん」 
この会話がコンクールへ出場するきっかけになったと思います。
 それから しばらくして 現役から
 「シンフォニックの方の指導をしたいと言われてる高校の先生がいるんだけど、良いですか?」
「どこの先生?」 「うちの部員の妹の学校の先生」「また なんで?」「たまたま 通りかかった時 練習の音を聞いて興味をもたれたらしい」「ふーん?」「先生が良ければ良いよ」
「でも先生に交通費位は渡したいのですがあまりお金がありません」「マーチングのコーチにも・・・」「どうしましょう?」 
当時 休眠していたOB会活動が動き出したばかりで、やっと現役君たちとのお付き合いが始まり出したときである。(古参OBを迎え入れてくれた当時の現役君たちには感謝しています)
私は返事を考えましたね。金はなんとかなるか。
「わかった 君らが OB会費(年3000円) きっちりと年1回 集金してくれるなら賛成します」
「300人から集めるとすごいぞ(^^)」
で 現役君とOB会の取引が始まったのである。
私は 「OB氏からお金を集める事が出来れば収入の何%かは自由に使えるんじゃないの」
もともと OB会費集め出したの現役への援助で会費として集め始めた物だから。OBへの連絡用通信費が残っていればそれで良いのだから。

 なぜ 現役君がOB会の財布を握ってるのか、考えたらわかりますよね。
OB会のお金を借りて 余裕が出来れば、また元の財布へ戻して次の必要な時にまた借りる。
返さなくても良いし。困った時に使ってくださいってOBが会費を納めているのだから。
便利な お財布で良いのではないか。 そのつもりで 現役君に財布の管理をしてもらってるのだから。 

 でも 空にしないでよ。 OB用の事務通信費は残しておいてね。
それと OB会がカッコつけて 何か寄付出来るだけのお金も残しておいて欲しい。
本当は いつも40万から50万位は手持ちで置いておきたいんです。

これを読まれた方 なぜ 松井先生が うちの吹奏楽部の指導をしていらっしゃるかわかったと思います。、私と年の近い松井先生、学院サウンドのファンでもあると思います。
不思議な縁です。

我がクラブは 設立時、大学側からの楽器購入資金援助は受けていません。
他の大学とまるで違います。
愛好会からクラブに承認されれば、学校から楽器を買ってもらえると夢見ていました。
しかし、現実は違いました。年3000円から 年10万の活動費になった位。
もちろん 部室の電気代や練習場は学校にだしてもらってます。
でも 楽器調達は、吹奏楽部員の情熱で集めてきたものなです。
社会人吹奏楽団が 学校の中にあると思った方がわかりやすいと思います。
学校と一体となって出来た他の大学のクラブでは無いのですから。
だから 応援団吹奏楽部になって無いでしょ。
自分たちの 音楽をしたいから 単独で頑張ってきました。

現役君へ 
神院大吹奏楽部は 学校からの援助は他の学校と比べものにならないくらい活動費が無いと思います。
社会人バンドと同じく、個人出費が必要となります。
しかし 学生です。 働いているわけではありません。
だから 貧乏(資金不足)クラブなんです。
上をみたら きりがありません。 頑張ってくださいね。

私の学生時代と違うのは、現役君の活動を応援したいOBがたくさんいると言うことです。 
やるだけの事は、やりましょう。それが学生時代の思い出につながり、社会に出た時の何らかの力になると思います。
しかし 応援させてください。我々が出来なかった夢に チャレンジしてるのだから。

なんか お祝いの話をするつもりが いつも 同じ事を言ってることを書いてしまった。

 あれから 35年
私は神院サウンドの応援団として、OB会をきっちりと守って行こうと思っています。
今年 53歳です 国土交通省を定年退職するまでは OB会長としてがんばるつもりです。
現役のみなさん OBのみなさん 私も応援してくださいね。

父兄会のような OB会長です。
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by helm3 | 2005-08-12 20:41 | 音楽

ドイツ音楽学校のみなさんと演奏会

http://helm.minidns.net/brass/photo/
日独合同演奏会に参加しました(^ヘ^)v
 楽しく 参加させて頂きありがとうございました。
スナップ写真 アップしました。
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by helm3 | 2005-08-06 22:46 | 音楽